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*いしのなかにいる*

ぼくは田舎者で余所者でちょっとジジー

走る奴なんて、、、の続きを書こうと思うのに、最近は寒くなるのに合わせて全然走ってなく、本読みに専念しているんで今回も感想文っす 。今回の本はコチラ 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 

 表紙の感じから軽い気持ちで読み始めたのだけど、結構キツイ一撃を食らいました。なんらかの事由で、何か、誰か、『括る』ことが怖くなった。分類する?仕分けする?グループ分けをする。というのかな、、、

 うまく表現できない自分がもどかしいのだけれど、人を色眼鏡で見ているつもりはないんだが、見分けてしまっちゃっているんだな。意識しないまま、、、日本人ってそういう感覚に無頓着というか意識が欠けているんだな。

 たとえば「黒人」ならまだいい方と思ってします、、、「クロンボ」とかさえ躊躇なく口にしてしまう、、、そういう差別意識、これも意識以前で差別表現であることを分かっていない。だから悪気がなくても何気に口にしてしまう。だがその「悪気がない」ことを意識していない。根本的に気付いていない。その方がたちが悪いんじゃないか。

 日本は「単一民族」だからそういう感覚がないんだよ、みたいに思うとそれも違うのだと思った。実際には人種だけの問題ではないのだ、多様な立場があることを理解できていない。「LGBT」、「LGBTQ」、「LGBTQQIA」、「LGBTQQIAAP」、「LGBTQQIAAPPO2S」(こうなると中味はなんだかわかりません^^;)と延びている。世の中が、もっと、もっと、多様な立場を認めようという方向に進んでいる。広がっていく。

 そいう立場を認めるにしても、認め方が変だったりする。十分に理解しないまま気を遣おうとすると、「●●●な人に●●●しちゃいけないよね」って、「しちゃいけない」ばかりになって、最終的には目を合わせちゃいけい!というような具合じゃないか?まったく見当違いじゃないか。

 それで余計に傷をつけてしまってることに気付かない。感覚が違ってること、それに気付いていないんだ。どれだけ失礼なんだ=無神経で平気でいられる勇気(?)が、日本人にはある。それって凄いことなんじゃないかと。うわぁーっ・・・

無神経!

 この一言なのだけど、多様性が前提でない社会で暮らす私たちは、一定の共通の感覚を持ち合わせており、そうした狭い閉じた社会を守ろうとしている。外からどんどん入ってくるこれまでと違う多様性を目にしていないことに必死。必死というか自然にそうなってるのか。フツーに壁を積みあげる能力が、私らは凄いのかもしれない。

 ああ、たかが一冊の本でしか知った事じゃないのに、子供の視点の話だよ、それでここまで語ってしまうオヤジな自分もなんかヤだなぁー。ご一読あれ!

 

ちなみに、私版「走る奴なんて」、、、も、まだ書くつもりはあるのだ。こちらは内容がないから、あまり期待しないで待ってて^^

www.oops.to

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